カテゴリ:旅行( 9 )

グランドゼロ跡地

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先日、教会のメモリアルサービスがマンハッタンであって、夕方、マサチューセッツ州まで戻るまで4時間位時間が余ったので、

❶グランドゼロ(Lower Manhattan)
❷アップルストア(セントラルパーク近く)
❸紀伊国屋書店(ニューヨーク市立図書館裏)

へ行こうという壮大な計画を立てて出発しましたけど、やはり時間的に無理があった。
まあ、その前に腹ごしらえということで昼食の旅へ。


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GO! GO! CURRY! Times Square店
273 W 38th Street New York, NY 10018
(38th Street and 8th Avenue)
TEL:212-730-5555
OPEN HOURS:10:55AM - 9:55PM

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息子がカレーを食べたいというので、行ってきたのがタイムズスクエアのGO! GO! CURRY!。
上に4ブロック上がった所にありましたが、いきなり彷徨してぐるっとほぼ一周して着きました。
元祖金沢カレーの流れを組んで、プラスティックじゃない本物のステンレスの食器を使ってました。
ニューヨークヤンキースの元松井選手の背番号をたたえて、店の名前はGO! GO!、店のトレードマークとしてゴジラを使ってます。


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時間セーブということで、十何年振りにニューヨークの地下鉄(Eライン)を利用してグラウンドゼロまでいったけど、乗車カードのメトロカードの買い方がわからなくてまごまごしました。まあ、ニューヨークの人は親切だから直ぐに助けてくれましたけど。このEラインの地下鉄は新しい川崎重工のR160車両でした。帰りのAラインは古臭い車両でしたけど、いづれ入れ替わるのでしょう。


b0188828_14144477.jpg地下鉄を降りて地上に上ってみると、いきなりどでかい建物(WTC1)が聳えたってました。数年前に来た時は、瓦礫が撤去されて大きな穴が開いてる状態で、人影もそんなに多くはなかったけど、今回は人で溢れてました。

9.11の災難で倒れたのは二つのワールドトレードセンターばかしと思っていたけど、周囲の建物も損傷を負って打ち壊していました。今はその敷地に、1WTC、4WTC、7WTCの建物は完成、残る2WTC、3WTCとPath Trainのハブが今現在建設中です。

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America’s Response Monument 「De Oppresso Liber」の銅像
不朽の自由作戦(Operation Enduring Freedom略称:OEF)でアフガニスタンのターリバーン政権と戦ったアメリカ陸軍の特殊部隊グリーンベレーの功績を讃えて建てられました。


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9.11で亡くなった人の名前が刻んであります。
その前で観光客は記念撮影、被災者の家族はここは観光地ではない慰霊塔だと憤っていますけど。

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私たちも、折角きたので、お池の前で記念撮影。
丁度後ろに見えるのは建設中のTransportation Hubです。
もう完全に一つの観光メッカとなっていて、沢山の人で溢れてます。近くに9/11 メモリアル博物館もあったけど、そこも行列の山で、とても中を見る時間もないので元の場所まで帰ってきました。


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Apple 5th Ave store(ニューヨーク基艦店)

ここで残り時間は一時間ちょっと。地下鉄の行って帰ってはこれるけど、ちょっと時間的に苦しいので、アップルは断念して、歩いて15分間くらいの紀伊国屋書店に本の虫の奥さんへのお土産品。そこでお仕舞。歩き疲れた一日でした。
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by nhajime3 | 2014-09-25 12:19 | 旅行 | Comments(0)

8年振りのMitsuwaに参上

先週の水、木曜の二日間、有給休暇を取ってNJ州のMitsuwaに行ってきましたです。
以前はマンハッタンで日曜聖日礼拝があったので、その帰りに皆さんと一緒に度々お邪魔してました。
でもその企画が取りやめになったので、とーんと足が遠くなり、自分は3年位いってなかったけど、うちの奥さんの場合は腰痛が酷かったので中々いけず、8年振りとなりました。

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ハドソン川を挟んでのNJ州サイドから見渡したマンハッタン - Mitsuwaから


b0188828_14464614.jpg活字好きな奥さんのお目当てはMitsuwa近くのショッピングセンターにある古本屋さん。無残、潰れてました。それも二年も前に、早々と。仕方ないのでMitsuwaの本屋さんに行ったら、ここも閉店大安売りセールスをしてたからラッキーでした。でも10月から入れ替わり紀伊國屋書店がまた入るみたいです。

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戦利品


あとはMitsuwa内のフードコートで昼食です。
ラーメン党の私が食べるのはいつも山頭火のラーメンでございます。平日だから空いてるかなと思ったら混んでる、混んでること。週末と変わらないくらいこんでました。

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でもランチタイムが終わったら急に人気がなくなりました。みんなランチを食べに来てるみたいです。よくH-MartとMitsuwaが較べられることが多いのですけど、個人的にはMitsuwaの方が好きですね。H-Martの方が品数が豊富で売り場が広いのですけど、なんか商売気でギラギラしててショッピングするだけという感じです。もちろんフードコーナーもあるけど狭くて混んでて長居ができない感じですけど、Mitsuwaの方は売り場面積の半分くらいがフードコーナーでゆったりとした雰囲気を楽しめます。



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息子が帰路の途中にある大きなモール、Palisades Park Mallを見たいというので寄りました。
以前、この辺に会社があったので毎日、New York Cityから通っていたので懐かしかった。
ユニクロもテナントとして入ってましたね、それと怪しげな回転寿司も。


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長時間のドライブの暇つぶしに、iPadにまだ見ていなかった映画2本を入れておきました。

その後は、一目散にマサチューセッツ州に、3時間半のドライブ。
何時もは、”行きは良い良い、帰りは白目”というように、疲れて運転してる時に意識を失って白目になるのですけど、今回は前日にゆっくり休養したから余裕で帰ってこれました。でも、やはり3時間半というのは遠いですね、これが2時間くらいだったら、もう少し度々行けるんだけど。でも今回感じたのは、人が働いてる時に休むのは何とも言えない快感だ。
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by nhajime3 | 2014-08-31 14:28 | 旅行 | Comments(4)

運河の町

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今日、明日と大学の新入生のオリエンテーションがあったので、Lowell(ローウェル)の町に行きました。息子は今日は泊り込みの予定で、明日またピックアップにいきます。


Lowell(ローウェル)アメリカ近代産業革命の発祥の地として崇められ、National Historical Park(国立歴史公園)の指定を受けています。、メリマック川沿いに、ダムを築き人口運河を市内に誘導し、水力利用の紡績機械を最大限に駆使し、19世紀をとおして繊維工業の中心として栄えに栄え、多くの移民や出稼ぎ労働者をその工場に受け入れた。

今日は息子をオリエンテーションに送っていった帰りに、Boot Cotton Mills MuseumとPautucket Damの二つだけ見てきました。それ以外にも、色々あるみたいですけど時間がないのです。
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ボストン.メイン州を走っていた蒸気機関車410号


Boot Cotton Mills Museum
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Boot Cotton Mills Museumの入り口にあった糸巻き?

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一階は沢山の紡績機械の一部がデモンストレーションをしてました

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丁度、小学校5年生が先生と共に見学にきてました。何を教えていたのだろう?

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Mill Girlsという女工さんが作業してる蝋人形です。それ以外にも、現場監督とオーナーの蝋人形もあったです。

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2階はパネルが一杯あってローウェルの町の繁栄と衰退を順を追って説明してました

アメリカの黎明期(1790年‐1823年)
アメリカ政府初の国勢調査(センサス)が1790年に行われる。総人口400万人、最大の都市は首都でも或るフィラデルフィアの42,000人。1820年の国勢調査では、総人口は,2倍の800万人に増え、最大の都市はニューヨークに移った。まだアメリカそのものは圧倒的に農業が主体な国だったけれど、変化の兆しは到る所に見られ、特に北東部のニューイングランド、太平洋に面した中東部に顕著に見られた。

そのアメリカ産業革命の旗印になったのは織物産業であった。南部の綿花、北部の裕福な商人からの資金、ニューイングランドの豊富な労働力、イギリスからの専門技術知識、アメリカの機械産業、そして連邦政府からの援助、というこれらの様々な要素が交じり合って、アメリカの近代の夜明けが始まったのである。

繁栄の陰に滅びの兆しあり。ローウェルの紡績工場のオーナーも1890年代頃には、自分達の工場がどうしようもないほど老朽化し、競争力激減してるのを気づいていました。ただ、彼らはローウェルの設備の近代化の道を選ばなかった。彼らは他の場所のオペレーションを優遇したり、ローウェルで稼いだ利益を南部の近代的な紡績工場建設の方へと使うようになった。

その理由として、南部諸州やビジネスリーダーは南部の近代化の為に、「広大な敷地」、「安い労賃」、「豊富なエネルギー資源」、「低い税率」、「交通の容易さ」、「ユニオンの少ない影響」、「労働者の健康や安全に関する制約的な法律のなさ」など、北部に較べて南部の有利点を盛んにローウェルの紡績工場のオーナー達に吹き込んでいた。それ以降、織物産業が拠点が、南部へ確実に着実に、小雪崩をうつがようにシフトしていったのである。「驕る平家久しからず」のたとえのように。


Pautucket Dam
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メリマック川を塞き止めて作った簡易ダム。左側が運河で、水流の少ない方がメリマック川

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運河の水量を調節するゲート

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これが市内のあちこちを流れてる運河です。紡績の盛んなときは、有害な物質を垂れ流していて川魚が全滅したそうです。間違って泳いだ子供の皮膚も焼け爛れたという記録があります。紡績が廃れてようやく川に魚が戻ってきたそうですが、釣ってもまだ食べれるところまでいっていないそうです。川が自分の自浄作用で元に戻るには最低50年は掛かるみたいですと言われてます。
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by nhajime3 | 2011-06-13 03:35 | 旅行 | Comments(2)

ラーメン食われず倒れのNY放浪記

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何時もこの光景をサテライトで見てるんですが、生はいいです、全然違います。胸にビンビンときます。Beatlesの「While My Guitar Gently Weeps」は良かったです。

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裏方のこの人は、何時もこんな風に重たいカメラ一式を腰で支えながらやっていたのかと、凄い腹筋の力だと違う視点で感動です。


久しぶりのマンハッタンです。今回はマサチューセッツ地区教会がマンハッタン教会に御招待とううことで、バスを予約しみんなで一緒に行きました。バスに乗るのは6年位前にワシントンDCに行った時以来です。最近、何処に行くにも車、車で、バスも電車も飛行機ものることがなく、車がなかったら何処かに行けるだろうかと不安になります。何時もなら車で悠々といくのですけど、明日、明後日は、息子の大学のオリエンテーションということで、体力、気力をセーブするためにバスでいきました。でも車内は呆れるほど”私は野菜か?”と思うくらい冷房効いてて、みんな風邪を引きそうでした。

b0188828_11483333.jpg何時も来るまで行くときは決まったルートしかいかないけど、バスのルートは車とは大分違いました。5番通りを悠々と降りてきて、セントラルパーク、メトロポリタン美術館、各種の有名ブランド店がひしめく5番通りに、ユニクロがまもなくオープンする予定になってました。更に、もう一つ34番街にも、この秋オープン予定です。ユニクロ凄いじゃないですか?


でも、今回はバスだから持ち時間(マンハッタンでぶらつける時間)は3時間位の早指す大会。要領よ行きたい場所を効率よく行かねばならぬので、前もっ綿密にて地図で場所を確認し、歩くより時間セーブということで地下鉄ルートまで確保。何の為に?それなもちろん、マンハッタンで久しぶりのラーメンを食べる為。マンハッタンのラーメン屋さん分布も、昔と今は大違いで日本からの有名店が本格的に進出しています。

■「ラーメンSapporo」1970年代?--- 可もなく不可もなく
■「めんちゃんこ亭」 1980年代 --- 最近は 安い、汚い、不味いという三拍子?
■「めんくい亭」 1990年代 ---サービスに問題、チップを毟り取られる?
■「山頭火」(NJ ミツワ内)2005年? ベストチョイス
■「せたが屋ラーメン」 2007年7月 --- 塩辛すぎる!!という噂。それでも食べたい!
■「博多一風堂」 2008年3月 --- 行列の山で待ち時間が?
■「トットラーメン」2010年 --- 夕方からオープン
■「ラーメン葱屋」ny2010年 --- 夕方からオープン
■「博多秀ちゃんラーメン」2010年6月 --- 日曜日は定休日(怒)


b0188828_15331217.jpgその中で、今のところ戦略で軍を抜いているのは「一風堂」。日本でラーメンは安く早い、ファーストフード的なところがあるが、「ラーメンダイニング」と謳うだけあって、豊富なメニューも魅力。レストラン感覚でアペタイザーやお酒を頼み、メインコースを食べる感覚でラーメンを食べる。設定はちょっとお洒落でトレンディなレストラン。寿司やテリヤキ以外の新しい日本食。そんなところがニューヨーカーに広く受けているのだと思う。


ラーメンの本場、日本に比べるとこちらで食べるラーメンの味は落ちると言います。なんでも日本から麺を持ってくることが出来ないらしい。それに水も違う。そして従業員も日本人でなく、ラーメンに対する思い入れがなく、各店日本の味を出すのにご苦労をされています。そのなかで、色々と検索した結果、「MINCA」と「寺川ラーメン」が美味しそうということで、この二つに絞り、更に「MINCA」はEast Villageにあるから時間的に難しいかもということで脱落。23番街の「寺川ラーメン」一本に絞りました。

でも礼拝が終わった後、一緒に何処かにいこうと誘ってくれた人にのこのこついていったのが運の尽きか]も。「ブックオフ」と「紀伊国屋書店」でマンガ本を買うのが大好きな二人連れ。「寺川ラーメン」は難しb0188828_12292958.jpgくなり、じゃ近くのサッポロにラーメンを食べに行こうと誘ったけど、“もう足が痛くて”、“美味しい食パンを買いたいの!”と言われて、ラーメン道もあえなく挫折。しょうがないのですぐ近くの小さなお店「Cafe Zaiya」で、マスター御推薦のオイスター.カレーライスに手を打ってみたけど。美味しくなかった。カキの生臭さがカレーには合いませんでした。

b0188828_12315126.jpgカレー食べながら、そういえばこの辺に、夕方から札幌味噌ラーメンを出してくれるミニマーケットがあるなあと外に出てみたら、2件咲きに看板がでており、チラシ広告を見てみると、土曜日、日曜日は昼12時からオープンしてました。もうその時は、時間もなくお腹も一杯で残念無念で終わりました。

b0188828_1341697.jpg本の虫の奥さんへのプレゼント「クロワッサン」と私のお土産。今回は収穫がすくないなと思いながら、トボトボとバスが待ってる場所まで歩いていきました。途中にあったブロードウェイと6番通りが交差するHerald Square 。ここは、ほ後者天国になっていて、多くの人々が出されたテーブルに座りながらノンビリとしたました。


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Herald Square Parkの時代(本当の時計は上にあるのですが)午後3時に、鐘を叩いて時を伝えたました。からくり時計台でした。


b0188828_12155069.jpgニューヨークに10年余り住んでいた頃は、この活気溢れた刺激的な町は大好きでした。でも流石に、歳なのかも、人通りの激しく喧騒に満ちた町はちょっと疲れるなと感じたのも事実。やはり歳をとると、田舎でゆっくりと過ごすのが肌に合うのかもしれないです。
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by nhajime3 | 2011-06-12 15:25 | 旅行 | Comments(4)

アメリカの故郷 プリマス

プリマス (マサチューセッツ州)

17世紀、ピューリタン(清教徒)を含んだピルグリム・ファーザーズの一団、102名はイングランド南西部のデヴォン州にある港湾都市プリマスからメイフラワー号に乗船し、新大陸に向かった。その到着地点となった海岸部が、現在のアメリカ東部マサチューセッツ州の都市プリマスに当たります。彼らが出発地と同じ名を名づけたとよく言われるが、実際は同名の地に偶然到着したのであるという不思議な縁を持ってます。

プリマスはメイフラワー号でこの地に上陸した清教徒、ピルグリム・ファーザーズが入植したマサチューセッツ最初の入植地である。現在では「アメリカの故郷」(America's Hometown)と呼ばれ、人気の高い観光地となってます。

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プリマス市内の案内板(Waterfront Tourist Information Center前に掲示)ここに行けば、市内観光の地図やクーポン券がもらえます。

今日では、プリマスは「アメリカの故郷」と呼ばれ、歴史的遺産を数多く残す観光地となってます。特に人気が高い町の見どころとしては、メイフラワー号の船員たちの上陸地点とされるプリマス・ロック、入植当時の生活を再現した野外博物館プリマス・プランテーション(Plimoth Plantation)、メイフラワー号のレプリカであるメイフラワー2世号(1957年製造)などが挙げらます。また、全米最古の公営博物館であるピルグリム・ホール博物館(Pilgrim Hall Museum)や、1889年に立てられた清教徒上陸記念像(National Monument to the Forefathers)も町の見どころとなってます。さらに、ピルグリム一行がこの地に上陸した際に、「初めて踏んだ岩」とされるのが、同地の観光名所である「プリマスの岩」があります。
                     ■ フリー百科辞典「ウィキペディア」から内容引用



という歴史の故郷「プリマス」に始めて行ってきました。ただIKEAの買い物帰りにいったし、この後ボストンまで日本食料品のショッピングに行かざるを得なかったので、わずか1時間余り滞在のスピード見学の予定だったので、取りあえず舐めるように「清教徒上陸記念像」、「メイフラワー2世号」、「プリマスの岩」を主に見てきましたが、それ以上に興味深いものが一杯ありました。とても時間が足りませんでした。

b0188828_12443453.jpgプリマスロックの向いにあるコールスヒル(Cole's Hill)の上にたってます。

大酋長マササイトを初めインディアンたちは、清教徒の人々にプリマスでの生活の仕方を教えました。魚がたくさん捕れる場所、鹿や七面鳥の捕まえ方、どの植物が食べるのに適しているのか、薬になるのかなど。さらに、にしんを土にうめて肥料にして農作物を植えるやり方、このあたりの気候にはインディアンコーンの栽培が適していることなど。秋になり、収穫の時期を迎えました。日曜日以外は1日中働いていた人々も収穫を祝うお祭りをすることに決めました。日頃の感謝の気持ちを込めて、マササイトを初め90人ものインディアンも招待され、3日間にもわたって収穫祭が行われました。これが、アメリカで盛大にお祝いをされる「サンクスギビングデイ」(11月第4木曜日)の始まりだと言われています。
先住民族・ワンパノーアーグ族の大酋長マササイトの銅像


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最初の清教徒たちの遺骨が眠る石棺
大酋長マササイトの銅像の後ろにあります。1620年に折角アメリカに到着したのに、最初の冬が越せずに亡くなってしまった清教徒たちの遺骨が納められています。彼等は、インディアンに死んだ人々の数や自分達が少数であることを知られないために、わざと墓を作らりませんでした。そのため、この棺は後になって彼等の遺骨が発見された時に供養するために、新しく作られたものです。インデアンという大勢力に対して少数民族だった清教徒たちが、細々と生活していた風景が思い浮かびます。


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ピルグリム・マザーズ像
本当に目立たない所にひっそりと建ってました。トレビの泉みたいに池の中央に建っていて、幸運を願ってか沢山のコインが水の中に投げすれてました。ピルグリム・ファーザーズは有名だから沢山の資料が乗っていますが、同じようにプリマスに着岸したピルグリム・マザーズのことは何故かしらほとんど言及されていないです。歴史の観点は勝者、強者からのものが後世に残るもんですね。


その時のメインデッシュの「プリマスの岩」です。友達から高速道路の下?にあったと聞かされて、インフォメーションセンターで居場所を確認して行きました。絶対、プリマスの岩の上に乗って「アメリカ再上陸記念」と洒落込んで写真を撮ろうと思って行ったんですが....!
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b0188828_13492271.jpg「1620」と刻まれた思っていたより遥かに小さい岩が柵に囲まれて、海の中に漂ってました。流石に、これでは乗れないです。

イメージ的にはもう少し巨大なものかと思ってましたが、インフォメーションセンターの係員の話では大部分はワシントンDCの方に運ばれて?しまい、残っているのはこれだけという分かったような分からない話で終わりました。


さて、今日のメインイベントのメイフラワー2世号です。これも以前見た友達から、”本当に小さいのよ、本当だから!”と何度も言われ、日本の小さな漁船みたいなもんかとイメージしていたら、なんと大きな海賊船並でした。ただ、メイフラワー2世号内部の見学に、ビデオ鑑賞とかで40分掛かるので今回は外からの写真だけで断念です。
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プリマスから帰ってきてから、メイフラワー2世号は小さい小さいと言った友達に、"メイフラワー2世号は大きかったじゃない!”と言ったら、“でも、本当に小さかったんだから!ベットなんてこんなに小さくて、本当に狭かったんだから!”とまた自論を繰り返してました。そこにまた別の友達が輪に加わり、“あそこにアメリカで一番最初に建てられた教会があるんだよね。お墓が隣にあるから、そこに入ったらもう頭が痛くなって大変だったよ!”と日頃、そんな霊感なんか持ち合わせていないような筋肉マンから言われたので唖然としました。じゃ、それでは今度ボストンの礼拝の帰りにちょっとその教会でも寄ってみて、悪霊退散のゴーストバスターでもと不謹慎な旅にでも行こうものなら祟られて取り付かれそうなので、皆で浮かばれない霊を鎮魂しにいこうということでまた来週みんなで出かけます。


b0188828_1356379.jpgこれは日本にいる義理の娘のお土産です。
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by nhajime3 | 2010-09-18 15:02 | 旅行 | Comments(3)

18世紀の夢物語の世界

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ちょっと前ですが、7月4日の独立記念日の早朝、ここから、車で30分位は離れているOld Sturbridge Villageという観光村に行ってきました。

この観光村は、19世紀初頭の建物を修繕、維持しながら、昔ながらの町を再現していました。公会堂、教会、墓地、商社、銀行、法律事務所、印刷所、パン屋、雑貨商、靴屋、鋳造、瀬戸物、農機具、材木b0188828_1216649.jpg商、流綿機、製粉機、織物機、鉄砲などの建物がありました。もっと沢山の人々が、19世紀の格好をして町中を歩いているのかと思いましたが、そんなに歩いていませんでした。流石にそこまでエクストラを雇うと、経費が馬鹿ならないのかもしれません。昔ながらの仕事風景の実演を見ることもできましたが、実演時間とかち合わず実演を見れない所もありました。やはり、もう少し時間の余裕が必要でした。でも、昔ながらの人々の生活風景や家具などにも興味ありましたが、19世紀のテクノロージーを駆使した各種産業機械を展示している場所が多くて、想像以上に面白かったです。特に、蒸気が発明される前の水力が人々の生活に大きな貢献。そういう水車小屋を利用した各種産業機械を展示している場所が人々から意外と注目を集めてました。
独立宣言書のサインする旅行客


1830年代の家のなかの様子:
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一般の家以外にも、様々な種類のお店がありました。事細かく沢山、写真を撮ったのですがとても全部は載せきれないので一部だけ。それに、一部のお店(ガラス屋、ランプ屋)は建物修復の為、一般公開されていませんでした。
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この観光村は、一年中オープンしていて、b0188828_1575045.jpg様々な催し物を施して観光客を誘致しています。時に、結婚式場として、あるいは子供達にキャンプ場としても利用されています。ただ一回の入場料が大人20ドルというのが気に障りますね。半b0188828_150095.jpg値だったら、ちょこちょこ行ってもいいかなあと思うのですが? “20ドル払うなら、寿司食べ放題の店に行った方がいいかも”という思いが頭のなかを過ぎていく。でも何時か、のんびりと馬車でも乗りたいもんです。
NY、マンハッタンの5番街を走る2輪タクシー
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by nhajime3 | 2009-07-09 00:42 | 旅行 | Comments(2)

二兎追うものは一兎しか得ず

私の友達は、300年前の生活を現在に持ち込みながら実際の生活しているPA州のアーミッシュ村に行っています。今頃、綺麗なキルトじゃ、美味しそうな卵じゃとウハウハしているかも知れません。そういう私は300年前まではいかないけれど、19世紀初頭のニューイングランド地方(アメリカ北東部6州の総称)の人々の生活を再現しているOld Sturbridge Villageという偽装観光村に行ってきました。当日は独立記念日ということで、全米の各州からバスまでチャーターして見に来ている人もいました。独立記念日恒例のパレードもやるということで、時間不足の自分には “しめしめ、独立記念日のパレードを見にボストンまで行く手間が省けたわい!”と私は喜んでいました。

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入り口で20ドルの入場料を払い、村の中に入って見ると、9時半オープンの割りには結構多くの人で賑わっていました。b0188828_11123574.jpg人を乗せた馬車(昔は人も郵便も食料も全てこれに頼っていました)も走っていたので、アパラッチ紛いに追いかけての写真撮影。スケジュールの10時開始の独立記念日のパレードの時間になっても何もそれらしいのは始まらない。華やかなパレード.バンドの姿も見えない。見えるのは3人組みの横笛を吹く人とドラムを叩く人。それに4,5人の民兵さんの軍事訓練と行進する姿? もしかしたら、これがパレード人員では思ってみ見たら、案の定そうでした。今まで一度も独立記念日のパレードをみたことがないので、期待していました。直ぐ下の写真は、ワシントンDCのパレードの様子ですが、ここまで大きくなくても、まあまあ見れるのではと甘く見ていたのですが?
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b0188828_9485947.jpgでも、現実の独立記念日パレードはこんな状態でした。来年からは、もう少し下調べして、もう少しいいとこに行かねば!よいしょ!

人々が着ている衣装や銃は、実際の19世紀のものです。


この記事を書いている途中に、息子から “イベントが終わったから迎えに来て!”と電話がありました。車b0188828_830268.jpgに乗ってさあ行こうかと走らせたら、20メートル位先に、野生の七面鳥の親子が道に顔を出してました。親が1メートル位で、子供はまだ小さくて鳩のサイズでしたね。思わず、カメラを出して撮ろうとしたら、“メモリーが一杯です。”という表示。慌ててカードの初期化をして、顔を上げたらもう姿がありませんでした。飛べないくせに、逃げ足は速いです。以前もこの辺の藪に生息している二十何羽の七面鳥が庭を悠々と闊歩闊歩していました。でも、去年の暮れに、b0188828_10361967.jpgこの辺を襲った凍雨災害で、多くの木や電信柱が倒れたから、その下敷きになって死に絶えたかと思っていました。その時は、私の家庭も三日間位、完全に停電になり、灯りもない、暖房もない、食事も作れない、トイレの水も流れない、お風呂にも入れないとうアーミッシュの人以下の生活を体験して、近代社会では電気がないと酷い目に会うなと諸に感じました。でも、喉元過ぎれば感謝の気持ちも直ぐ忘れます。でも、七面鳥くんも、まだ生きていたのかと感動もんです。
ブロードブレステッドホワイト種
肉用に家禽化されたシチメンチョウの中で最も広く飼育されている品種
観光村の家屋の裏で見かけました。
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by nhajime3 | 2009-07-06 02:55 | 旅行 | Comments(0)

夏場の八甲田山の彷徨?

スキーリフト山頂への徒歩
今日のメイン.ディッシュは滅多に乗ることはないだろうというスキーリフトに乗ること。寒がりの私は、冬はひb0188828_1145268.jpgたすら閉じこもる狸に専念しています。朝起きて、フロントで尋ねたら、“もうリフトは開いてるし、たった5分のとこにありますよ。”と聞いて、みんな意気揚々と出かけました。でも歩いて見て、遠いこと、遠いこと、車で5分の間違いだった。息を切らし、途中のゴルフ場、テニス場を後にして、リフトのオフィスに9時ごろ着いたら、10時開店ですよとあっさりとしたもん。なんだと溜息ついて、近くやっているのテニスの試合を10時まで見てました。やっと時間になり、リフトの搭乗券の発行にまた手間取り、もう沢山の人が列を成して待ってました。

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b0188828_12304126.jpg片道だけの搭乗券(行きは山頂までの歩き、帰りはリフト)というチャレンジルートと簡単な山歩きの地図を貰っていざ出陣。最初は車が通る舗装道、途中から山道に入り、道標を見つけ現在位置を確認して獣道みたいな林道に針路変更。しかし、この地図は実際の地形と尺度があっていない、細かい道が書いていない。本来登っていくはずの道なのに、途中からどんどん下り道になり、道を間違えたかとみんな不安げに。引き返したほうが無難では、でも、行けるところまで行くかと覚悟を決める。まるで八甲田山の鳴澤の渓谷に踏み込んだ気分でした。行けでも行けでもゴールが見えてこない。途中には大きな滝があり、子供達は渓流を横切り、滝の近くまでよじ登る。チャレンジ精神満々だけど、見てる方は足を滑らして落ちないかとハラハラ気分。川沿いに進んだら、小さな橋があり、その麓で一服して写真撮影。

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b0188828_13124536.jpg数日来の雨でぬかるんだ地面に足を取られ、執拗な蚊の追撃に苦しみながらも、暗い林の中を歩き続け、途中では雨に祟られて、この先どうなるか分からない不安を抱えながらの踏破行もついに終わりを告げました。明るく広い道に出くわし、そこに「SNOW's MT. SKI LIFT」はあちらという道標があり、みんなで歓声をあげる。双六のように最初の出発点に戻らずに良かった、良かった。そんな私たちの前に、マウンテン.バイクで頂上から降りてくる人。更に歩くこと数十分、遂に視界にリフトの雄姿が見えた。歩くこと、2時間余りの長い山登りコースでした。
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行きは2時間、帰りはリフトで10分。童謡の反対のフレーズでした。普段歩いていないから、歩きつかれた!ホテルに帰って昼を食べてから、1時間位伸びてました。でも、2時半からみんなで、Town Squareでアイスクリームを食べましょうというスケジュールを思い出して、とことこ歩いていきました。
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アイスクリームを求めて集合  Town Squareの広場
b0188828_1453665.jpgTown Squareはさながらミニタウン。宿泊者が生活に必要な物はほとんど全て揃ってました。郵便局、ピザ屋、レストラン、スポーツバー、アイスクリーム店、パン屋、ギフトショップ、コーヒーショップ、サンドイッチ屋、不動産屋、ミュージックホール、本屋、ビデオレンタル、玩具屋、教会、会議室、グローセリー、野外劇場、マウンテンバイク.レンタル,等など。ここのアイスクリーム屋さんで、アイスクリームを買って一緒に集まりしょうということでした。行って見たら、もう延々と長い列ができていて、少し列が切れるまで待ちながら、お友達と今日何処に行ったかの報告会。ここの広場には沢山のツバメが巣を作り、雛のために餌を取っては与えるために空を飛び回っていました。
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嬉し恥ずかしのフォークダンス
b0188828_0554273.jpgその後、夕方の8時過ぎに外に集まり、みんな何をするのかなあと思案気の中で始まった以外ともいうべき、ベアでのフォークダンス。もうみんないい年ですけど、恥ずかしながらも楽しく踊る一時でした。こんな家族と共に泊りがけの催しは、10何年以来の珍しいことでした。いい思い出になりました。それと同時に、それぞれ家族同士の付き合いが10年を越えて長い割には、全然相手の事を知らなかったけれど、色々と話す中に自分の知らない事が沢山出てきて非常に感慨深かったです。忙しさの中に埋もれても、色々と席を設けて話す機会を作らないといけんなあと感じたです。
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by nhajime3 | 2009-07-02 06:30 | 旅行 | Comments(2)

季節外れのホワイト.マウンテン

週末は3日間(実質は2日間)は家族サービスのイベントのレクレーションが、隣の州、New Hampshireのb0188828_1245079.jpgWaterville ValleyのBlack Bear Lodge Resortでありました。場所はホワイト.マウンテンという有名なスキー場の麓の町です。この辺には、冬用のスキー客目当てのロッジが沢山ありますが、夏場はお客が少なくて、スキー.シーズンの半値価格で営業したり、様々のフリー.クーポンを発行してお客を集めています。子供の長い夏休み(6月末から8月一杯)が始まり、最初は親子3人で行けるということで楽しみにしていました。でも、体が強くない奥さん、“自分が行ったら他の人に迷惑をかけるだろう!”ということで参加棄権になり、息子の二人で行ってきました。彼女が普通の人くらいに健康だったら、あちこちいって色々な思い出を作れるのに残念ですね。これも、my destinyですから、甘受しています。でも、溜息でるなー。

マサチューセッツ州は観光目玉と言っても、ボストンかケープゴッド(ピューリタンがイギリスから到着した地)が有名ですが、New Hampshire州はアパラッチ山脈の影響を受けて、ほぼ全州スキー場メッカと化しています。私の所から車で3時間弱のドライデ、山に囲まれた町(人口300人位ですから村に近いですね)に着いたのが、5時過ぎ。チェックインして、それぞれは近くの観光客用のショッピングセンター(Town Square)に行き、池でボートを漕ぐ人、池に水浴びに飛び込み、余りの水の冷たさに直ぐに上がって来る子供達の歓声、遠くに見える山並みを見ながら、アイスクリームを食べる夫婦連れ。このアイスクリームをおっちゃんが町の中で食べながら歩いていても誰も異にきさない自由な雰囲気がいいです。
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夜7時過ぎに、Town Square(下の写真)に行きました。穏やかに暮れていく山並みの中で、お店の淡い光が何とも言えない幻想的な雰囲気を作っていたので、思わず写真へ。夕暮れの写真というのも味わいがあるもんですね。8時過ぎに、50家庭位が広場に集まって、それぞれの家庭の自己紹介。もう10年も此処にいるのに、顔は知っているけど名前も知らない家庭が沢山います。何事も付き合いが薄いアメリカというより、自分で友達を作っていかないと何時までたってもできない世界です。

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明日はみんなが楽しみにしている山登りとリフトイングです。この記事を向こうで書こうと思ったけど、インターネットのコネクションスピードがいらいらするくらい遅くて、耐え切れず断念。このホテルのインターネットは未だに、ダイヤル.アップを使っているのでは?
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by nhajime3 | 2009-06-30 04:01 | 旅行 | Comments(8)